第一夜

こんな夢を見た。

腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。 女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。 真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。 とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然云った。 自分も確にこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。 死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた。 大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。 その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる。

自分は透き徹るほど深く見えるこの黒眼の色沢を眺めて、これでも死ぬのかと思った。 それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。 すると女は黒い眼を眠そうにみはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。

――夏目漱石、「夢十夜」第一夜より
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第二夜

こんな夢を見た。

和尚の室を退がって、廊下伝いに自分の部屋へ帰ると行灯がぼんやり点っている。
片膝を座蒲団の上に突いて、灯心を掻き立てたとき、花のような丁子がぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。

襖の画は蕪村の筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近とかいて、寒むそうな漁夫が笠を傾けて土手の上を通る。
床には海中文殊の軸が懸っている。焚き残した線香が暗い方でいまだに臭っている。
広い寺だから森閑として、人気がない。黒い天井に差す丸行灯の丸い影が、仰向く途端に生きてるように見えた。

立膝をしたまま、左の手で座蒲団を捲って、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。
あれば安心だから、蒲団をもとのごとく直して、その上にどっかり坐った。

お前は侍である。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚が云った。
そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。
人間の屑じゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。
口惜しければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいと向をむいた。
怪しからん。

隣の広間の床に据えてある置時計が次の刻を打つまでには、きっと悟って見せる。
悟った上で、今夜また入室する。
そうして和尚の首と悟りと引替にしてやる。
悟らなければ、和尚の命が取れない。
どうしても悟らなければならない。自分は侍である。

もし悟れなければ自刃する。侍が辱しめられて、生きている訳には行かない。
綺麗に死んでしまう。

――夏目漱石、「夢十夜」第二夜より
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後書き、コメントなど。

[XX年 XX月 XX日]